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やなせなな

シンガーソングライター

1975年 奈良県の寺院に生まれる。

2004年5月 シングル『帰ろう。』でデビュー。

30歳で子宮体ガンを克服した経験と、寺院に暮らす僧侶という視点を生かし、いのちの尊さを訴える歌を数多く制作。

慈しみに満ちた唯一無二の世界観、美しいメロディ、包容力のある歌声が持ち味で、年代・性別を超えた幅広い層から確かな支持を獲得している。また、涙あり笑いありの巧みなトークと、胸を打つライブパフォーマンスが話題となり、全国47都道府県・およそ500ヶ所での公演において成功を収めた実績を持つ。

やなせななさんに独占インタビュー!仙台の印象やプライベートについても伺いました!

ーーMe初登場とのことで、やなせさんのご紹介をお願いします!

奈良県出身です。現在は女性僧侶として、奈良県にあるお寺の住職を務めています。以前からシンガーソングライターとして活動していて、宮城県は2004年のデビュー当時から毎年来ています。2012年からはDate fmで毎週月曜日に「やなせなな はじまりの日」という番組を放送しています。

ーー僧侶になる前からシンガーソングライターとして活動されていたんですか?

音楽を始めたのは19歳、僧侶になったのは23歳の時です。シンガーソングライターとしてデビューしたのは28歳で、その7年後(35歳で)お寺の住職になりました。

ーー昔から音楽をやりたいって気持ちはあったんですか?

そうですね、歌は子どもの頃から大好きでした。わたしが生まれ育ったお寺はすごい貧乏な小さいお寺で、「兼業」なんですよ(笑)。普段は別の仕事をして、平均して週に一回くらいお寺の仕事をするというような。学生時代には親からも「お寺を守るには他の仕事に就かないといけないよ」と強く言われましたので、大学卒業を目前にした時に、短い人生だしやりたいことをやろう!と思って、シンガーソングライターを目指しました。

ーー住職になるきっかけなどはあったんですか?

29歳の時に子宮がんになりまして、その頃にちょうど時期を同じくして所属事務所の倒産なども重なり、人生に行き詰まりを感じたんですよね。その弱った気持ちの時に、「仏さま」とか「ふるさと」が支えになったというか、救いになったというか。せっかく実家がお寺なんだから、ずっとここにいてお寺を守れたらなあ、みたいな気持ちに、自然となっていきました。だから、病気があったからこそお寺を継いだ、と言えるかもしれません。

ーー子宮がんがわかった時は体調の変化があって気付かれたんですか?

そうですね、まず、食べても食べても太らないんです。おかしいなあ、とは思いました。でも、当時はまだ29歳で、人前に立つ仕事(=シンガーソングライター)もやっていましたから、太らないことが嬉しかったんです。女性にとっては、太らないってことはスタイルが良くなるみたいに錯覚しがちで、何だか良いことみたいに思えるじゃないですか。だから病院なんて行きませんでした。でも、今度は出血(※経血)が増えてきてしまって。最初は年齢的にホルモンバランスを崩したのかな、くらいにしか思っていませんでしたし、婦人科の病気の話なんて、なかなか他人には言えないですよね。だからずっと周囲にはずっと黙っていて、体調の変化には自分しか気付けなかったんですけど、わざと見逃していたというか。ところがどんどん血が止まらなくなって…もうこれはいよいよおかしいなと。出血が始まってから半年くらいしてから、ようやく病院に行きました。

ーーその時の状況はとんな感じだったんですか?

私の場合は、ステージとしてはすごく軽いものでした。ただ私が罹った「子宮体がん」は子宮の奥にできる種類なので、卵巣二つと子宮を全部摘出するっていうのが治療の上で必須だったんです。「ステージが軽くてよかったね」なんて言われたんですけど、私にとっては辛い現実でしたね。言葉にできないほど、一時期は落ち込みました。

ーー宣告された時はどんな心境でしたか?

子宮と卵巣を全部取らないと命が危ないです、って言われてるのに、死ぬことよりも、まずは「女性でなくなること」への恐怖の方が強くて。卵巣なくなったらどうなるんやろ、とか、結婚できないのかな、とか、子供出来なくなるんだな、とか…そっちにばかり気持ちが向いてしまいました。その歳(30歳)まで独身で、一生懸命音楽活動に取り組んでいたんですけど、こんなことになるなら、もっと早くに音楽をあきらめて結婚しておけばよかった、とか、出産しておけばよかった、とか、そういう思いがまず最初に浮かんで、現実がどーんと重くのしかかって来ましたね。

ーーそこから立ち直るきっかけなどはありましたか?

友達の存在が大きかったです。子宮がんのことは、発覚した当初は誰にも言ってなかったんですけど、様子がちょっとおかしいなって気づいてくれた友人が何人かいて。病気のことを話したら「せっかく命が助かったんだから頑張らなダメやん!」って結構ストレートに言ってくれる人が多かったんですよ。「かわいそう」とかじゃなくて「よかったやん、頑張れよ!」みたいな。荒療治でしたが、救われました。それでまた音楽に取り組むようになって、さらには人前で病気の経験を話す講演活動をするようにもなって、そういった中で、少しずつ元気を取り戻していきましたね。

2016年8月24日発売「夜が明けるよ」

ーー去年発売されたアルバム「夜が明けるよ」は病気などがきっかけで製作されたんですか?

必ずしも私の病気の体験だけではなく、そこから立ち直って行く過程で育まれた出会いによってできた作品だと言えます。宮城県内では、デビュー当時の売れない時も、子宮がんにかかった直後のつらい時期も、ずっと年に一度は必ずライブをさせてもらっていました。それが縁で、プライベートで遊びに来たりもしてね。苦しい時、いろんな人に支えてもらいました。だから、2011年の東日本大震災発生後は、自分を支えてもらった以前の恩をお返ししたい、みたいな気持ちが湧いて来て、震災支援活動に取り組みました。その中で、被災された方々を始め、いろんな人にお話を聞く機会にも恵まれたんです。あの震災で一度は人生に深く絶望された人達も、その後の歳月の経過と共に、それぞれがそれぞれのペースで、それぞれの場所で、目の前の暮らしを頑張っておられることをこの数年間で知らされました。その姿を夜明けと重ねてイメージを膨らませました。また、震災に遭う・遭わないは関係なく、みんないろんなつらい思い、苦しい思いをしながら生きています。でも、いのちある限り、前を向けば夜は明けるんだよ、みたいなメッセージを込めてCDを作りました。

ーー制作中のエピソードなどありますか?

私の番組のリスナーさんで、ライブにもよく来てくれるようになった女性がいます。彼女は津波で故郷やご両親を亡くされたんですよね。でも有り難いことに、私の歌も頑張るきっかけの一つになったらしく、今は故郷で”かたりべ”の活動をされているんです。おそらく彼女、一時期はご自身の死も考えたことがあるんじゃないかな、と思います。それほど打ちひしがれていたようですが、今では修学旅行生をはじめ、海外からの観光客など、広く、多くの人々に、全身全霊で命の尊さを伝えておられます。以前彼女に石巻を案内してもらったことがありますが、その時に見た景色は、とても心に残りました。彼女の故郷だった町のあたりは、その当時更地になっていたのですが、ここは震災前はこんな感じだったんだよ、と話してくれるのです。聞いていると涙が出ました。そしてそんなことが縁になり、彼女とはお友達になりました。お互い猫が大好きで、飼っている猫がそっくりだったという心温まる出会いもありましたが(笑)。彼女の姿や話などからも、作曲中はインスピレーションをもらいましたね。

ーーアルバムの中で思い入れのある曲などありますか?

もちろん全部大切な作品ですが、中でも挙げるとしたら、「家路」という曲は力を入れて作りました。震災をはじめ、いろんな理由で「帰り道」を失った人はいらっしゃると思いますが、その人が生きてる限り、故郷は心の奥にずっとずっとあるんだよ、というような内容の歌なんですけど、これまでに歌って回った土地や、なつかしい自分の故郷の、四季折々の風景を思い浮かべながら作った曲です。

ーーどんな人にこのアルバムを聴いてほしいなぁとかありますか?

私の歌はアゲアゲじゃないので(笑)、これから何かをスタートする時、とかではなくて…たとえば仕事から疲れて帰って来たときに、ひとりお部屋でほっこり聴いてもらいたいなって感じですかね。あったかいお茶でも飲みながら、日々の疲れを癒していただきたいなと思います。

ーーやなせさん初の脚本作品「祭りのあと」こちらを書かれるきっかけなどはあったんですか?

もともと8年前に、自分の歌の世界をドラマにしてみようと書いた脚本です。ある地方のテレビ局の脚本コンテストにも応募したんですけど、残念ながら落選してしまいまして、それ以来ずっと忘れてたんですよね。でも、昨年のアルバムリリースの際に、シンガーソングライターの大先輩・大塚まさじさんが大阪のラジオ局にプロモーションにおいでよ、と呼んでくださって。ちょうどその頃、大塚さんの主演映画「父のこころ」(谷口正晃監督)が京都で上映されていたので拝見したところ…こう、何て言うんでしょうか、銀幕の中の「俳優・大塚まさじ」に惚れてしまった!という感じで(笑)、実に怖いもの知らずなんですけど、私の書いた脚本、大塚さんに演じていただきたい!と思いついて、止まらなくなったんです。絶対この手で映画にしよう、と決意して、監督や俳優、撮影スタッフなど、それまで交流のあった人たちひとりひとりに声をかけて、一気に作りました。

ーー8年前に作られたということだったんですけど、その時はどんな思いで書かれたんですか?

歌の世界を映像にして、それを自分の音楽で彩りたい、と思ったのです。私がお寺に生まれて育ったことも関係あるかと思うのですが、人って死んだらどうなるんやろか、とか、残された人の悲しみってどうしてこんなに深いんやろう、とか、そういう生き死にに関係する苦悩は、幼い頃からずっと私の人生のテーマとしてあるんですよね。この映画は、奧さんに先立たれたおじいちゃんが、ある不思議な体験をきっかけに立ち直るというファンタジーなんですけど、もともと歌の中でも、どうしたら人は大切な人を失う苦しみから立ち直ることができるのかということをテーマしていたので、その歌の世界を映画にしようという気持ちでした。

ーーやなせさんは女優さんになりたいなって思ったことはないですか?

女優!さすがにないですねぇ。でも、この「祭りのあと」ではほんの一瞬っていうくらいですが、映ってます!私をよっぽど好きな人しか、気づかないとは思いますけれども(笑)

ーーお休みの日は何をされて過ごしますか?

私は猫がめちゃくちゃ好きなんですよ。”銀次郎”と”小雪”っていう2匹の猫を飼っています。今はもう11歳なんですけど、生まれてから一度も家から出したことがなくて。ずっと「子猫ちゃん子猫ちゃん」って甘やかして育てたんで、子猫のまま時間が止まってるんですよ。あっ、心の中がね。見た目は普通の大人の猫なんですけど、ノリが子猫というか(笑)超がつくほど甘えん坊です。そんな二匹の猫とゴロゴロしながら過ごしていますね。

ーー名前の由来を伺ってもいいですか?

種類がアメリカンショートヘアのシルバータビーなんですけど、真っ白でちっちゃいから女の子の方は小雪ちゃん、もう一匹はオスで銀色の毛だから銀次郎くん、みたいな思いつきです。私の家はお寺だし、古典的に、日本らしい雰囲気でいこう!と思ってつけました(笑)。

ーーやなせさんがオススメするリラックス方法などはありますか?

猫もそうですが、動物が大好きなんで、動物番組を見たり、水族館にペンギンを見に行ったりして癒されてます。もう一つ、好きなものはお笑い。関西人なんで、若い頃はもちろん若手芸人さんの追っかけとかもやってましたよ!関西の女の子の誰もが一度は通る道なのでは?!(笑)

ーー好きなお笑い芸人の方はいますか?

実は、仙台出身のサンドウィッチマンさんです。以前は、関西弁以外の漫才って聞いてられへんわ~みたいにね、つい毛嫌いしちゃうところがあって、やっぱ漫才の本場は大阪やろ!って思ってたんですけど、それがサンドウィッチマンさんと出会って、見事にひっくり返されました。その衝撃が忘れられません。どのネタを見てもお腹が痛いくらい笑いが止まらず、もう最高やん!!!って。今では大ファンです。

ーーやなせさんのおすすめ美容法はありますか?

もち肌自慢だった母から、日焼け止めだけは絶対に塗りなさいって言われまして(笑)、20代以降、日焼け止めは一年中欠かさず塗るって決めています。あとは、毎日のようにお顔パックします。パック大好きなんで、化粧水と美容液をつけてから、毎日使えるようなお得なシートパックをつけるのです。美容液は何種類か買っておいて、季節やその日の調子に応じて変えて、いろいろ試して。パックをはずした後は、乳液かクリームで蓋をして寝るっていうのは、よっぽど疲れてない限りは欠かさないようにしています。

仙台について

ーー仙台の印象などはありますか?

奈良から見ると仙台はすごい都会です。ですが、奈良のお隣の大都会・大阪とはまた空気が違うというか、どこかスッキリして「癒される都会」なんですよね。おしゃれなお店や素敵なカフェもいっぱいあるし、何でも揃うし、すごく便利だし。日本で一番好きな都市と言ってもいいくらいじゃないかな。

ーー10月14日にはセンダイコーヒーさんでライブが行われますが意気込みなどありますか?

センダイコーヒーさんでのライブは初めてですが、とても素敵なお店なので、お客さまにもこの雰囲気を味わいながら楽しんでいただきたいです。あったかいコーヒーのような、やさしいほっこりするライブにしたいなと思っています。

ーー今後の目標などはありますか?

仙台ではピアノとのデュオのライブが続いていますが、関西ではバンド編成でライブも行っています。関西のトップクラスのミュージシャンの演奏は、息もぴったり。近いうちにバンドのみんなと一緒に、宮城県内各所でもライブができたらいいなというのが、今の目標ですね。

ーー最後に仙台のファンの方や読者の方にメッセージをお願いします!

「奈良」というと、修学旅行で行ったきり、なんて言われる方も多く、仙台からは遠く離れているイメージがあると思うんですけど、私にとってはデビュー当時から来ている宮城県は、お客さんのやさしさにたくさん触れることができる、とても馴染み深い場所です。どこか別の地方に行った時、その土地で宮城県出身の人と出会うと思わず「同郷やん!」っていう気持ちが湧きそうになるくらい(笑)身近に思ってるので、もし良かったら今後仙台でのライブにも是非お越しいただきたいですし、Date fmの番組もお聞きくださったらうれしいです。これからも応援よろしくお願いします。

撮影場所:センダイコーヒー

CD情報

2016年8月24日発売

「夜が明けるよ」

 

DDCZ-2103
3,000円(税込)
Studio Tabby/SSNW

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