前回まで、各星座ごとのアセンダントの影響について見てきました。これだけをみると、「世の中不公平だ!どうして本来の自分と、他人から見られる印象にギャップがあるんだ!」と思います。
しかし、外見は親の遺伝子の影響を強く受け、好きな顔かたち、肌の色、体型では生まれてこられないように、アセンダントもまた“自分ではどうしようもないことのひとつ”と受け入れるしかありません。
「スカートを履いて歩きたいけど、自分は男性だから諦める」という人もいるでしょうし、似合わないという理由で好きな服装を否定される人もいます。
「自己」があって「自己表現」がありますが、それがすべて合致し、世間に受け入れてもらえる、ということは難しいものです。ただし、ギャップや食い違いを抱えていることが、「すべて悪で、すべて苦行」であるとは言い難いのです。
〇時間が経過すると変化する?
これらのギャップを抱えて生きている人にとって、「いかにギャップを埋めていくか」や、「やりすごしていくか」ということがテーマになる一方で、時代もまた常に変化していきます。
たとえば、強烈な個性を発揮し、最初は世間から疎まれていた芸術家が、急に脚光を浴びて人気者になる…みたいなことは、世の常です。つまり、自分が変化しなかったとしても、周囲が変化していくことがあります。
そのため、開店したばかりのラーメン屋がなかなか流行らないからと言って早々に店じまいしてしまうのはもったいないこと。しばらく営業しているうちに、周囲から認めてもらえることもあるからです。
〇ギャップから学べること
おそらく、天文学的数字にはなりますが、生まれたとき、すべての星が同じ星座に属している、という人はあまりいません。ということは、一個人の視点というのは、我々が思っているよりずっと複雑で、単一的なものではない、ということを示しているんだと思います。
職場に嫌いな人がいるかもしれませんが、その人と共通点を探そうと思えばきっとあるんだと思います。または、大好きな友人と自分に違う部分を探そうと思えばいっぱい出てきます。
好きな人との共通点を探し、嫌いな人とは違う点を探そうとする。人の思考はこのようになっていますが、実はみんなだいたい、共通点も相違点も、同じくらい持っているようなのです。
人から見られている自分と、自分で思っている自分のイメージが違う!だからと言って自分が消えてなくなるわけでもありませんし、あなたはあなたです。誰かに否定されたって、矛盾が起きたって、そこに存在することに変わりはありません。
生きることは「矛盾を発生させながら、矛盾を受け入れていく作業」かもしれません。自分で作り上げたものを壊して進み、また新しく建てていくことの繰り返しなんだと思います。
〇もしギャップがなかったら…?
もし、あまりギャップのない星位置だとどうでしょう。自分の中では大きな矛盾が生れず、物事はスムーズに運ぶでしょうか?そうとも言えません。
もし寝癖がついたまま家を出て、誰も指摘してくれなかったら、気がつかないまま家に帰って「なんて1日を過ごしたんだ!」と恥ずかしい思いをするかもしれませんが、ギャップがない、ということは「間違ったまま直進しても誰も気づいてくれない」ということなのかもしれません。
当然、太陽やアセンダントだけでなく、ほかの星位置がそれらを指摘してくれることもありますし、一緒にいてくれる周囲の仲間が教えてくれることはあります。
ただ、何も摩擦がない、障害がない、ということは「=スムーズ」ということではなく、振り返ったり立ち止まって考えることなく突っ走ってしまう、ということを意味しているんだと思います。
ですから、アセンダントと太陽星座とのギャップに苦しみ「本当はそうじゃないのに!」というジレンマを抱えている人は、「そのギャップから学べることがある」と前向きに捉えた方が建設的です。
さらに、この太陽・アセンダントのほかに、女性の場合は「感情」を表す月星座も重要な意味を示していますから、合わせて月星座もご確認いただければより深く自分の内面を知ることができるのではないかな、と思います。