夏休みが終わって、そろそろ「学校行きたくない」と言い始める子も増える時期ですが、私にも身に覚えがあります。というのも、私も仙台市内の中学校でいじめを受けたことがあるからです。
しかし、当時「学校に行きたくない」と言った私に対して両親は耳を塞ぎ、聞かなかったことにしたばかりか、「いじめられるお前に原因がある」と責任転嫁しました(当時私は転校生で、いじめの標的になった。転校前の学校ではうまくやっていた)。
さて、「学校に行きたくない」という言葉は、親にとって不都合な言葉でしょうか。「黙って学校に行ってみんなと楽しく過ごして給食食べて帰ってきてくれたらなあ」というのは、もしかしたら「空から札束落ちてこないかなあ」くらい、高望みなのではないでしょうか。
〇サボりとは?
社会人になって気がついたことなのですが、たとえば仕事でめちゃくちゃ疲れてるときって「仕事しなきゃいけないのに体がついてこない」みたいなこと、結構ありますよね。これって「サボりたい」んじゃなくて、「休憩しなきゃいけない時」です。
しかし、なぜか私たちは「サボってると思われたらいけない」と思って、疲れた体に鞭打って、本当に体調を崩すまで頑張ります。体調を崩すってことは、限界を超えてしまった、ということです。
長い目で見たら、サボりながらでも体調を崩すことなく仕事していた方が、企業側も周囲の人間も、自分も得をするのはわかっているのに、この「頑張らないとサボってると思われる」という呪いのせいで、多くの人が限界を超えて、使い捨て人材に成り下がっています。
本当になまけものであるのなら、サボる癖がつくのかもしれませんが、そういった人と真面目な人が「疲れた、休みたい」と言っていることは、しっかり区別すべきでしょう。
〇日本人は周囲の目を気にしすぎ?
「自分の子が不登校になったら恥ずかしい」とか「普通に学校行ってないと将来苦労するのでは」と思っている親御さんは多いかもしれません。でも実際は、普通に学校を卒業したところで、失敗する人は失敗してますよね。
また、「あの子、不登校なんだって~」と指をさすような人がいたら、「あ、あの人ってそういうの差別する人なんだ。関わらないでおこう」みたいな指標にできます。
大事なのは、安全な立場を守ることより、将来活躍できる可能性の芽を摘まないこと、なのではないでしょうか。海外では子供の意見を尊重して、自宅で学習したり、フリースクールへ通うなど、その子に適した学習スタイルに柔軟に変更するケースがとても多いです。
また、いじめなどが原因で命を落とすケースも少なくないので、「不登校くらい安いもんだ」と、その子にあった学習スタイルに切り替えていければ、もしかしたらのびのび成長できて、結果的に「良かった」ということもあるでしょう。
〇子供を突き放さないで
子供が勉強などを「めんどくさい」と思うのは、当然です。大人だって仕事がめんどくさいときがあります。でも、「ただ、めんどうに思っているだけ」なのか「その陰に問題が隠れているのか」を見極めるのは、とても難しいことです。
信頼関係の築かれた親子であれば、学校であったことを逐一報告するかもしれませんが、思春期の子は、なかなか親に心を開きません。できれば、子供に「どうせサボりたいだけなんでしょ?」と突き放すような言動は避けてください。もしかしたら、「学校に行きたくない」はSOSかもしれません。